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深草うちわについて

深草うちわは、桃山時代以降、京都で作られ始めたようです。伏見街道の縦貫にともなって栄えた京都伏見の深草には、竹やぶが多く、人々を苦しめるやぶ蚊を追い払うために、地元の瑞光寺の元政上人が考案しました。それは、奈良団扇よりも縦長で、美麗なうちわでした。そして元政上人と歌道仲間であった住井家の先祖が深草の真竹を使って「元政形深草うちは」を製造しました。1660年頃には京都とともに、江戸、大阪など全国の人々に愛用され、深草団扇は一世を風靡しました。


丸亀うちわのルーツでもある

1812年、代々継承してきた小丸屋善太郎の名を、四代目から住井の名を名乗り、舞扇子、夏扇子の生産も開始されました。
第二次世界大戦後には、八代目の住井正太郎が店を発展させ、日本舞踏小道具の販売もされるようになりました。
深草うちわは、四国の讃岐で作られる丸亀うちわの起源でもあります。丸亀の藩主が参勤交代から帰る途中、家来を小丸屋に残し修業をさせて、持って帰らせたのが今、丸亀の地場産業となっている「丸亀うちわ」。この縁で今日でも「京丸うちわ」の骨の部分は丸亀作られたものを使っています。


そして岐阜うちわへ

岐阜うちわもまた、同様に、深草うちわからのれん分けをしできたものです。明治時代中ごろ、岐阜に移り住んだ職人によって、住井富次郎商店が開かれ、現在はその四代目に当たる住井一成さんが生産を続けています
現在は、全国的にうちわの生産が減少しましたが、小丸屋は新しい提案を絶え間なく続け、現在の小丸屋のご主人によって「深草うちは」の復元、「新深草うちわ」の誕生に至っています。「新深草うちは」は現代風にアレンジした、京都の名所絵に彩色や金粉が施してあるものです。