オルガンメンバーの熊田朋恵です。
2011年2月12日
(山下さんは、上映作品『寝屋子』で寝屋親をしていらっしゃった方です)
聞き手:伊藤栄一さん(森のなりわい研究所)/酒井雅代さん(名古屋大学大学院)
二本目に上映の寝屋子に出ていらっしゃる山下さんが
姫田先生に会いたいということで会場にお越しになり、急遽トークにもご参加いただけました。
映画の撮影が始まったのは約30年前、そして14年あまり記録が続くのですが
映画に記録された寝屋子の姿、そして今の答志島の現状
寝屋子という仕組みは今も続きつつも、漁業の衰退とともにあるということ。
リアルな今を垣間見たようでした。
そして2日目にはワールドカフェという話合いの手法を用いて
姫田先生も同じテーブルにつき、内容をより深めることができました。
「語るもの 継ぐもの」
これまで数々の映像を通していろんなメッセージを
伝えて来られた姫田先生は「語るもの」であり、
そしてそれを受け止めるもの、
それは「継ぐもの」である
という当事者意識が参加者に生まれた、
もしくは再確認されたような空気が感じられました。
継ぐとは次に渡すということ
映画によって記録された姿は、私自身が実体験したことではない。
それは、その土地の者ではないことと、映画が撮影された当時、
すでに映像に映されていた姿は途絶えており、かつての暮らしを
再現するかたちで撮影が行われた作品もあるのです。
「奥会津の木地師」がそれにあたります。
今、バトンを受け取った自分はそこから何を伝えるのか
実際に経験、体験したことではないけれども、映像というかたちで、
人々の生きる姿に触れ、それを自分の言葉にし
同世代、他世代と共有できたことがよかったと思います。
まだまだ私も含め「何を伝えるのか」を模索する人ももちろんいたと思うのですが、
ポンと問いを投げかけられたことで得られた、
「気付き」がいっぱいあった、そんな会だったように思います。
ただひたすら寄り添うということ。
その結集である映画の数々。
語るもの 継ぐもの
継ぐものは、語るものとなり、またそれをつなげてゆく
この記事をご覧いただいた皆様もぜひ